- CD19/CD22/CD3のtrispecific抗体を開発
- 細胞株を用いたxenograftモデルと患者B-ALL細胞を用いたPDXモデルでCD19/CD3またはCD22/CD3のbispecific抗体より効果がみられた
- 半減期はBiTEの2.1hより大幅に長い14h
CAR-T療法やノーベル賞にもなった抗PD-1抗体の登場で、固形腫瘍だけでなく、白血病においても免疫療法の役割が重要になってきている。ただし、現時点においては、既存の抗がん剤を用いた治療が主流であり、免疫療法の役割は、がん細胞を根絶する最後の一押しやサポートをしたり、既存の治療に耐性になった場合にも効果をえることができたりする点だと理解している。
白血病においては、特にB-ALLの免疫療法として、BiTEとも呼ばれるCD19に対する抗体とCD3抗体を結合させたbispecific抗体であるblinatumomabや、CD19を標的とするCAR-T療法が有名である。BlinatumomabはCD19抗体がB-ALL白血病細胞と結合し、CD3抗体が正常のT細胞と結合することで、両者を強制的に物理的に近づけて、免疫反応を起させて白血病細胞に対処する抗体薬である。
これらの免疫療法の重要なところは、薬が直接的に白血病細胞に作用して細胞を傷害させるのではなく、患者自身の持つ免疫の力を最大限に利用しようというところである。そのため、白血病細胞を傷害するメカニズムが既存の薬剤とは大きく異なる。利点としては、薬剤耐性などによる難治例においても効果が得られる点があげられるが、一方で副作用も今までとは異なるパターンを示すことになるので注意が必要となる。
これらの免疫療法はもはや治療に欠かせないレベルにまで浸透しており、特に再発難治B-ALL例におけるCD19に対する標的治療は、単剤でも今までは考えられないレベルで寛解が得られるなど非常に効果的である。
しかし、がん細胞の治療を単剤で行うと、治療標的から逃れたがん細胞が再発するというケースが多くみられる。CD19を標的にした免疫療法においても同様で、再発したB-ALL細胞を調べてみると、様々な理由でCD19の発現が失われたCD19陰性B-ALL細胞がメジャークローンとなっていた。
これを防ぐには、CD19だけを標的にするのではなく、標的を複数にした治療を行う必要がある。CAR-T療法においてはB-ALLにおいてCD19と並んでよく発現がみられるCD22を同時に標的にするCD19/CD22 CAR-Tや、さらにCD20まで加えたCD19/CD20/CD22 CAR-Tなども開発されてきている。
一方でblinatumomabに続く抗体療法としては、CD19に加えてCD20抗体もCD3抗体に結合させたCD19/CD20/CD3抗体なども出現してきている。さらに、新たな抗体療法として、CD19抗体、CD22抗体、CD3抗体の3つを結合させたtrispecific抗体の開発とpre-clinical試験の結果を報告した論文がBloodに掲載された。タイトルは「A novel CD19/CD22/CD3 trispecific antibody enhances therapeutic efficacy and overcomes immune escape against B-ALL」である。
薬剤の構造などの化学的な部分は知識が十分でないのだが、効率の良い抗体治療薬を作るためには、
(1)どの抗体を使用するか(CD22だけで3種類テストしている)
(2)どこに結合させるか(至適距離を得るため)
というところが重要となり、これが2種の抗体から3種の抗体になると、より複雑になってくることが予想される。文字にすると数行だが、いろいろなテストの結果、最終的に最も効率的なCD19/CD22/CD3抗体を作成することに成功している。
あとはこのtrispecific抗体を実際にテストしている。
まずはNalm6というB-ALLの細胞株を用いて効果を見ると、CD19/CD22/CD3は最も効果的で、次に同じ抗体を利用したCD19/CD3抗体と続いた。CD22/CD3は効果がみられるもかなり弱い印象である。そして当然であるが、CD19もしくはCD22の発現を消失させたNalm6でテストするとtrispecific抗体のみが両方に対してより強い効果がみられ、bispecific抗体はそれぞれを標的にする抗体でしか反応ができない。このtrispecific抗体における効果の増強は、T細胞による抗原特異的反応や産生されたサイトカインの増加を伴っていた。
次に、pre-clinical試験としてマウスに投与していくことになる。その前に半減期を調べたところ、なんと14時間程度とblinatumomabの2時間程度を大幅に超える半減期を有しており、製品化された場合に持続投与が必要なくなる可能性を示唆している。
マウスでこのような免疫抗体療法をテストする方法をよく知らなかったのが、先ほどのNalm6細胞株を注入したのち、さらにT細胞を注入して、ようやく抗体を投与するという流れのようだ。抗体療法の特性としてT細胞による細胞傷害がメインなので、マウスでテストする場合はこういう方法でT細胞も注入しないと効果がないのは理解できるが、非常に興味深い方法だと思った。これらの移植実験はNSGマウスで行われており、T細胞がその後も維持できていることも確認している。
効果の方は非常に良好で、in vitroの結果と同様にtrispecific抗体はbispecific抗体よりも効果的に腫瘍細胞を減少させ、生存期間も延長させた。やはりCD22抗体の方は効果は弱く、あまりコントロールと変わらないように感じた。しかしこれがtrispecific抗体となると、CD19抗体とのシナジーがあるのであろう。
一方で、2種類の抗体(CD19/CD3とCD22/CD3)を同時に使って治療した場合、なぜかCD19/CD3単体よりも効果が劣っていた。自分なら大変そうなtrispecific抗体を作るより、複数のbispecific抗体を混ぜる方法を選ぶので、この結果は非常に驚いた。筆者らは抗体の競合によるものと考えているようであったが、どうなのだろうか。また、同時に治療するのではなく、前半3日と後半4日で抗体を変えた単剤治療をした場合はどうなのかも気になるところである。
続いて、B-ALL患者サンプルを用いてin vitroで同様の効果が得られることを確認し、PDXモデル(ただし1例のみ)でも効果を検証している。治療は1週間のみでその後は観察するだけなので、やがて再発はするのだが、再発までの期間はtrispecific抗体で明らかに延長しており、実際の患者においても細胞レベルでは効果が高いことが示された。
他にもNalm6を用いたxenograft modelでblinatumomabとの比較も行っている。より臨床に近づけるため、T細胞ではなく、健常人の末梢単核球を注入している。結果としてtrispecific抗体の効果が非常に高いという結論なのだが、いくつかの注意が必要である。
まず、blinatumomabが正規品ではなく、公開されている抗体の配列情報から精製したものであるということ。同じレシピで料理しても、作り手が違えば違う味になることもあるのと同じで、正規品として扱うべきか注意が必要だ。
次に、移植したNalm6は通常のNal6ではなく、CD19もしくはCD22を消失させたNalm6を同量で混合したものであるということ。当然blinatumomabはCD19しか標的にできないので、両者に対応できるtrispecific抗体を比べるのはアンフェアであろう。
さらに、筆者らはこの結果をもって、trispecific抗体は免疫回避する能力があるかもしれないと言っている。タイトルにもなっているので面白いと思って読み始めたのだが、個人的にはこの結果から免疫回避能力は示されないと感じる。この結果から言えるのはCD19陰性の再発例でもCD22の発現があれば対応可能ということではないのだろうか。やや大風呂敷に感じるのは私だけだろうか。
免疫回避能力という点で個人的に興味があるのは、通常のNalm6を移植し、長期(もしくは複数の治療ブロック)にわたって抗体治療を行った場合に、CD19/CD22がともに陰性の再発をおこさないかどうか、もし起こったとしてもそれはblinatumomabと比較した時のCD19陰性再発と比べて遅いのかどうか、というところかもしれない。
個人的にはCD19/CD22陰性再発は免れない気がしているが、寛解を維持できる期間がblinatumomabと変わらないのであれば、より厄介な再発を同じ寛解期間で作り出していることにもなるので、blinatumomab→再発したらtrispecific抗体という流れになるのかもしれない。
いずれにしても今後はこのような免疫療法がより脚光を浴びていくことになるだろう。